“だれかのレンズ” ではなく” この人のレンズ” をつくっている。
HOYA 松島工場 前編
オーダーを受けてから、その一つひとつをつくり出すHOYA のメガネレンズ。第2回「HOYA のテツガク」では、
特注レンズの生産拠点である、長野県のHOYA 松島工場で働く3人のエキスパートにインタビュー。
前編では、染色担当者の技術とその想いにスポットを当てる。
丹念に、正確に。
一枚一枚色をつけて染め上げる。
染色は、人の感覚がいちばん
要求される工程。
HOYA のカラーレンズは、無限の色彩を帯びることができる。
それは、繊細かつ的確に色を見極め、生み出すため
の長年のノウハウと、スタッフ一人ひとりの確かな技術があるからだ。

染色工程のチームリーダーを務めている田中さんは、“絶対音感” の色覚版とも言えるほど、わずかな色の差を見極められると伺っています。
田中たとえば夕焼けが夜空になっていくときの、赤から紺のグラデーションがありますよね。染色チームのメンバーなら、夕焼けを見て、具体的に「何色と何色のグラデーションだ」と言い当てることができます。赤色だけでも、濃淡や色味によって名前がいくつも分かれているのですが、その具体名がパッと頭に浮かびます。
それだけ細かく色を識別できるのは、普段の仕事で眼が鍛えられているからなのだと思います。染色チームでは、普段どのような仕事をしているのでしょうか。

田中レンズ染色には、カラーサンプルなどをもとに行う指定染色と、色見本をもとに行う見本染色があります。後者の場合、メガネ店で用意している見本用のレンズや、お客様が実際に使用されてきたカラーレンズなどを色の見本にして、ベースになる染料を膨大な種類のなかから選びます。
染めるときは、レンズの素材・染料・コーティングの有無で色の出方が変わってくるので、機械ではなく人の眼で判断して、一枚ずつ染めていきます。お客様がメガネを使用する空間の光源(自然光や照明など)によって色の見え方が変わってくるので、色見本とまったく同じように染めるには、細かいさじ加減がポイントになってきます。カラーレンズには、ファッション的なものから、紫外線などをカットをするものまで多種多様です。いくつかの薬品を染料に入れるなかで、いかに色合いをキープしながら、性能が落ちないように染め上げるかが重要です。
当たる光源によって色は変わる。
種類も無限大にある。
そのなかにお客様が求める
たった1つの色がある。
染め上げたレンズを見る。機械の数値が正しいと判断していても、ごくわずかな違和感を、眼が、脳に訴える。
計測上の数値は参考にしても、最後に頼るのは“手” と“眼”——自分自身にほかならない。

さまざまな条件を考慮しながら染色するので、人の眼で判断するしかないわけですね。
田中もちろん、機械でも“色” を“数値” として捉えてはいるのですが、数値としては問題がなくても、眼で見るとわずかに色味が違うことがあるんです。素材や染料の組み合わせによって、色の出方も変わってきますし、数値に置き換えられない部分もあります。最終的には、人間の眼がいちばん信頼できますね。
人間の眼は紫外線量や太陽高度などの環境によって、冬場になると青っぽく、夏場は赤っぽく感じます。そういうことも考慮しながら、数値と目視を組み合わせて厳密にチェックしています。色見本をしっかり再現できるようになるまでに、大体3 年は掛かりますね。

工場というと機械的なイメージを持つ人も少なくないと思いますが、職人のような作業が鍵なのですね。もともと、田中さんがHOYA で働こうと思ったのには、どのような理由があるのですか?
田中私の場合は地元の企業だったのと、ものづくりに興味があったことから新卒で入社しました。なので、働いているうちに、どんどん仕事が面白くなっていきました。いまでも鮮明に覚えているのは、見習い期間が終わって、初めて生産ラインに入ったときのことです。
工場のなかには、たくさんのメガネレンズがあります。一つひとつのレンズは伝票の上に載っていて、伝票にはどこのお店からどのようなレンズが注文されているかが、事細かに記載されています。「このレンズは大阪、こっちは熊本の人が……」と、私たちは“だれかのレンズ” ではなく、“この人のレンズ” をつくっているのだと、そのとき気が付いたんです。地方にいながら、全国の人のメガネレンズをつくっている——この仕事は、すごいと実感した瞬間でした。
この人が求める色は、この色だと決めるのは人。
染色という繊細な作業を長年積み重ねてきたからこそ判断できるのだ。
メガネレンズを待つお客様のことを思うと、最高の品質で応えたい。
それは、松島工場で働くスタッフ全員が同じ気持ちだ。
後編では、ほかのセクションを担当する2人の情熱に触れていく。